名誉会員

ボニージャックス
ボニージャックスの紹介
コーラスグループ「ボニージャックス」のリーダー西脇久夫さんはロータリークラブ活動も会員として永く努められ、この度「東京御苑ロータリークラブ」の「名誉会員」としてお迎えする運びと成りました
ライブ演奏にこだわり幾多のステージをこなし、静寂の中に深みのあるその歌声は“ボニージャックストーン”と称され、心に懐しい感動を呼び起こしています♪
1958年(昭33年)に早稲田大学グリークラブ出身の4人、西脇久夫・大町正人・鹿島武臣・玉田元康が作曲家・故 磯部 俶(いそべとし)氏よりボニージャックス=i愉快な男たちの意)と名付けられてコーラス・グループを結成。
2003年より大町さんに代わり吉田秀行さんが加入され現在に至っています。
レパートリーは、世界各国の民謡、歌曲、黒人霊歌、ジャズ、ポピュラーナンバーなど非常に幅広く、5,000 曲以上のコーラスアレンジ楽譜を保持。
そして、その中心として歌い続けてきた日本歌曲、抒情歌、民謡、子供の歌では国内外で高い評価を受けており、美しいハーモニーの清潔で明快な歌声は聞く人の心をなごませ豊かにしていますす。
歌の伝道師≠フ異名を取り、ロシア民謡「一週間」や合唱曲「遥かな友に」、童謡「ちいさい秋みつけた」「手のひらを太陽に」などは、ボニーが歌ったことから広く知られるようになりました。
さぁみなさん! ボニージャックスと共に社会奉仕活動を始めましょう! 
三宅 義信氏の紹介

1939年11月24日 宮城県柴田郡村田町出身

1962年に法政大学卒業後、陸上自衛隊に入隊。 その後、重量挙げ選手として数々の国際大会で優勝し、多くの世界記録を保持した。 オリンピックには法政大学在学中であったローマオリンピックから4大会連続で代表となり、 ローマでは銀メダル、1964年東京オリンピック、1968年メキシコシティオリンピックでは連覇を達成した。 五輪三連覇並びに4大会連続のメダルを狙ったミュンヘンオリンピックは4位に終わった。現役引退後も幹部自衛官として勤務する傍ら多くの選手を育成し、日本重量挙げ界に貢献した。 1997年に自衛隊体育学校校長(在任期間中、甥の敏博も所属)を最後に退官(最終階級は陸将補)。 退官後は小松製作所顧問を務める傍ら、日本トライアスロン連合副会長、日本オリンピアンズ協会常務理事、東京都ウエイトリフティング協会副会長、東京国際大学特命客員教授、東京国際大学ウエートリフティング部監督などを務める。 東京・メキシコのオリンピック連覇の功績によって1968年に内閣総理大臣顕彰を賜り、1989年には故郷である宮城県柴田郡村田町の名誉町民に推挙された。その後、紫綬褒章を受章し、2011年には瑞宝小綬章を受章した。また、顕著な功績のあった自衛官として現役自衛官時代に第1級賞詞(第2号防衛記念章)を2度受賞している(第1級賞詞を2度受賞した自衛官は、三宅と小原日登美の2名のみ。 2020年夏季オリンピック招致決定後の2014年5月に突如として現役復帰)

 


家族
メキシコシティオリンピック重量挙げフェザー級で銅メダルを獲得した三宅義行は弟、ロンドンオリンピック重量挙げ女子48kg級銀メダリストの三宅宏実は姪、全日本女子ヘッドコーチも務めた三宅敏博は甥。メキシコシティオリンピックでは弟と表彰台に立った(オリンピックの個人種目において、同じ大会の同じ種目に兄弟で表彰台に立ったのは日本ではこの一例のみ

賞詞
日本スポーツ賞大賞(1962年)
内閣総理大臣顕彰(1968年)
紫綬褒章
宮城県柴田郡村田町名誉町民(1989年)
瑞宝小綬章(2011年)